北海道コンサドーレ札幌完全ガイド①|31万人の署名が生んだ「奇跡の移転」と東芝サッカー部からの誕生
「どさんこ」の逆読みに歓喜の「オーレ」を加えた名前——その誕生自体が、地域の熱狂の結晶だった。
管理人より
管理人は現在札幌在住です。まだコンサドーレの試合は観たことがないのですが、宮の沢の白い恋人パークの近くにある練習場(宮の沢白い恋人サッカー場)の前を通ったことがあります。あの場所から日本代表選手も育ってるんだと思うと、なんか不思議な気持ちになりますね。
北海道コンサドーレ札幌の物語は、1990年代初頭の日本サッカー界の大転換点から始まる。企業スポーツからプロスポーツへ、「会社の部活」から「地域のクラブ」へという時代の波の中で、東芝サッカー部は北海道という新天地に活路を求めた。その移転を後押ししたのは、他でもない北海道市民たちの熱狂的な「声」だった。
源流:1935年の東芝堀川町サッカー部
コンサドーレの歴史は1935年、神奈川県川崎市で創設された「東芝堀川町サッカー部」に遡る。高度経済成長期の企業スポーツ文化の中で着実に成長を遂げ、1980年には「株式会社東芝サッカー部」へと改称。1989年には日本サッカーリーグ(JSL)1部に昇格するまでになった。
しかし1990年代初頭、Jリーグ開幕という歴史的な転換が日本サッカー界を揺るがした。企業の「部活」として機能してきたこのクラブは、地域に根ざしたプロクラブとしての再定義を迫られることになる。
出典: コンサドーレ公式 ヒストリー https://www.consadole-sapporo.jp/club/history/
31万人の署名:市民が動かした「奇跡の移転」
1994年、札幌青年会議所を中心に始まった「プロサッカーチームを北海道に呼ぼう」運動は、短期間で31万人もの署名を集めた。当時の札幌市の人口が約170万人であったことを考えると、市民の約6人に1人が署名に応じた計算になる。この圧倒的な民意が、東芝の経営陣を動かした。
1996年1月11日、東芝サッカー部の札幌移転が正式に発表され、同年4月に運営会社「株式会社北海道フットボールクラブ」が設立された。企業の所有物だったチームが、地域住民の共有財産へと変容した歴史的な瞬間だった。
出典: 北海道コンサドーレ札幌 Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/北海道コンサドーレ札幌
「コンサドーレ」という名前の由来
クラブ名は公募によって選ばれた。「コンサドーレ」という名称は、北海道の人々を指す「どさんこ(道産子)」の逆読みに、ラテン語的な歓喜の響きを持つ「オーレ」を組み合わせた造語だ。この命名プロセス自体が、クラブが企業の所有物から地域住民の共有財産へと変容したことを象徴している。
クラブカラーはレッドとブラック。道内外に向けて「北海道発のプロサッカークラブ」として強烈な個性を発信するためのカラーリングだ。ホームタウンは2016年のクラブ名変更(現在の「北海道コンサドーレ札幌」)を機に、札幌市という単一都市から北海道179市町村全体へと拡大された。
出典: Jリーグ公式プロフィール https://www.jleague.jp/club/sapporo/profile/
初期のJFL参戦と「厚別不敗神話」
1996年のJFL(ジャパンフットボールリーグ)参戦から始まったコンサドーレの快進撃は、「聖地・厚別」と呼ばれた札幌厚別公園競技場で生まれた伝説によって彩られている。1996年から1997年にかけて、このスタジアムで行われたリーグ戦で21勝0敗という驚異的な戦績を残した。この「厚別不敗神話」はファンの間で今も語り継がれ、当地での試合限定で歌われるチャントが現在も存在するなど、特異なスタジアム文化を形成している。
厚別公園競技場は1986年の「はまなす国体」の主会場として整備された施設で、収容人数は20,861人。特筆すべきは夜間開催のための照明設備として、恒久的な照明塔ではなく4台の大型移動式照明車(クレーン車)を使うという世界的にも珍しい運用だ。建設コストの抑制と、災害時に照明車を転用できるという合理的な発想に基づいている。
出典: 札幌厚別公園競技場 Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/札幌厚別公園競技場
2016年:「北海道コンサドーレ札幌」への改名とホームタウン拡大
2016年、クラブは大きな転換点を迎えた。「コンサドーレ札幌」から「北海道コンサドーレ札幌」への改名と、ホームタウンを道内179市町村全域に拡大する決断だ。これは単なる名前の変更ではなく、クラブの「北海道全体を背負う」という宣言だった。
この変化により、それまで札幌市内に限定されていた地域貢献活動が北海道全域に広がり、各市町村との包括連携協定の締結、地域の課題解決への協力、スポーツツーリズムの推進など、多角的な社会貢献活動が展開されるようになった。
出典: コンサドーレ公式 自治体連携 https://www.consadole-sapporo.jp/club/municipality/
宮の沢白い恋人サッカー場:練習場に刻まれた日常
管理人より
白い恋人パークの近くにある宮の沢の練習場の前を通ったことがあります。普通の市街地の中にある練習場というか、あの場所で日々プロサッカー選手たちがトレーニングしているんだと思うと、街とクラブの距離の近さを感じます。
クラブの専用練習場「宮の沢白い恋人サッカー場」は、その名の通り「白い恋人パーク」(石屋製菓の施設)に隣接している。収容人数3,000人のこのグラウンドは、トップチームの日常練習拠点であると同時に、サポーターがフェンス越しに選手たちの練習を見守ることができる場所として知られている。
この練習場を育った選手たちが日本代表まで上り詰める例も多く、菅大輝選手(U-12から札幌一筋)がその代表格だ。地域の子供たちにとって「あの練習場から日本代表選手が生まれる」という身近な目標になっている場所でもある。
参考情報・出典一覧
参考情報・出典
出典: コンサドーレ公式 https://www.consadole-sapporo.jp
出典: Jリーグ公式 https://www.jleague.jp/club/sapporo/profile/
出典: 北海道コンサドーレ札幌 Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/北海道コンサドーレ札幌
出典: 宮の沢白い恋人サッカー場 情報